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武藤類子さんのお話し

 福島原発告訴団・団長の武藤類子さんのお話しを聴きに立川まで行ってきました。6月11日、武藤さん他、福島の市民たち1,324人は東電社長他を告訴しました。「武藤さんは原発事故で、森の暮らしを奪われた悲しみ、それに対して責任をとらず、被害を拡大させた事に、当然のこととして処罰をして欲しいという怒りから告訴に踏み切りました。」と、チラシなどには書かれているのですが、その語り口は「怒り」とは程遠いと言えるほど大変静かで穏やかです。
しかし、これまでの状況と今後への思い、そして武藤さんが福島県三春町で事故前にどんな生活をしてこられたのか、淡々とそしてわかりやすくお話しいただきました。

○「原発事故で死んだ人はいない」といわれれるが、実際には避難する中でなくなった命がいくつもあったこと、
○国が行ったこと「情報隠し」「事故を小さく見せようと続けた安全キャンペーン」「基準値の引き上げ」
○その結果住民に起こったこと
・放射線量の高いところに逃げてしまった
・放射能が降り注いでいるにも関わらず、水や物資を得るために大人も子どもも戸外で長時間列をなした
・ヨウ素剤は福島に来たものの積極的に配布されなかった
・卒業式の実施を学校に任せたため、式を執り行った学校があり、避難していた人が帰ってきてしまった
○そして「障害者の避難への配慮はなく」また「30キロ圏外の自主避難者にはなんの補償もない」

福島県内には現在モニタリングポストいくつも設置されたが、そのうちの一つ郡山駅前の線量は0.998μシーベルト/h。街の至る所にホットスポットが存在する。
そして除染には大量のおカネがつぎ込まれている。だが、除染に関わっているのは、仕事を失った人、仮設に住む人たち。日当1万円で、支給されるのは、簡単なマスクとゴム手袋。本当に除染は出来るのだろうか。線量は一旦下がってもまた上昇している。除染ビジネス、大手ゼネコンへおカネが流れている。
そういった状況が続いているん中「福島の復興」が進められている。
子ども達のマラソン大会が復活。外での制限時間もなくし、また外プールでの水泳も、プールサイドで0.5μシーベルト/h以下ならOKとした。
まるで事故はなかったかのようにしようとする力が働いているのではないか。
県民はみな心の中に不安を抱えながら暮らしている。だが「復興」が叫ばれると、その不安を口に出すこともできない。

住民は被曝し続けている。だが、東電は何をしてくれたか、国は何をしたか。東電はなぜ除染しない?敷地から出たものは無主物であって、着地したところに人がすべき、という呆れた主張。補償も始まったが、東電が決めたマニュアルにそって申請しなければならない。おかしくはないか。事故は想定外だったのか、万全の対策を取った上での事故だったのか。2006年原発の耐震基準が見直されたが、その時地震学者の石橋氏は危険性を指摘し、東電側も知っていたはず。なのに対策をとって来なかった。

国会事故調でも「人災にあたる」とされたが、その確たる証拠を得て、起訴されることを願い3月に告訴団を結成し6月に福島地裁に告訴状を提出。8月1日に正式受理となった。
今後さらに「告訴」を国全体の運動に広げたい。そのための二次告訴が始まった。11月15日に福島地裁に届ける。

福島の人たちは不安の中で生活し、且つ、事故がなかったかのように忘れさられていく、と感じてきたが、こうやって告訴人を集めるための集会に大変多くの方が参加して下さっており、心から感謝したい。

千葉でも二次告訴に向けての運動を拡げていきます。

at 11:56, 湯浅美和子, 活動報告

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