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陸前高田へ◆ |聾技垉弔気鵑らお話しを伺う

 9日夕方から地元市議の菅野さんの事務所、そのあと宿泊先となっている高台にある第八地区公民館に移動して、明け方までず〜っと話を伺いました。
 今回の主目的である市民によるワークショップですが、陸前高田の復興のお手伝いをしようと活動を始めている4大学(明治、中央、法政、東京)の先生たち中心に行われます。そういった関係者や学生さんたち、また千葉大名誉教授の田代先生も参加されており、ひょっこりお目にかかってしまいました。14〜5名の合宿状態。私も寝袋を担いでの参加です。
 2期目の市議である菅野さんから、地震・津波の状況を伺いました。陸前高田市議会20名の議員のうち2名は津波でなくっています。当日は午前中にご本人が属する委員会があり、午後は地元の、市街地ではない内陸部へ帰っておられ難を逃れたのですが、即その日から支援・復旧に動きまわってこられました。
 いろいろな人が写した写真を記録として集めておられ、パソコン内の写真を見ながら町が津波にのみこまれていく様子を伺いました

・津波警報がでて、消防は災害本部となる給食センターへ消防車を移動させ、1台を除きすべて無事。9名の消防局職員は最後まで消防局に残り無線での呼びかけを続けていた。(市民から消防が一番先に逃げたのでは、と言われたが、消防局はマニュアル通りにしっかり動いていた)
・ご自身も消防団員としてガレキの中の遺体の捜索にあたられた。1日に何十人という単位で発見していった。(ご自分の息子さんも仙台から戻ってこられ、消防団員としてご遺体の搬送を手伝った。若い息子さんには大変厳しい体験だったが、人手が足らず、手伝わさぜるを得なかった)
・ご自身の地元は陸前高田市横田町。すぐお隣は岩手県気仙郡住田町となります。住田町は林業の町。そこの町長さんとも親しく、支援の要請に行かれています。(職員の3分の1が津波で亡くなり、市役所機能がマヒしているので、こういった支援の窓口を各議員が直接行ってきた部分も大きい)近隣自治体でも支援体制を整えて要請を待っていた状態。
・陸前高田市の人口は約2万4000人。内1割の方が亡くなった。また現在は市外への避難者もいる。学校では約200名の子どもが転向している。
・なんと陸前高田には議会基本条例があります。22年度に策定されたとのこと。菅野さんも中心になって策定に向けて活動されていたようで、法政大学の廣瀬克也さんに直接ご指導をいただきながら作ってきた、とのこと。
・廣瀬先生を通して、法政大学が、津波被害を受け水没しながらも地下室の書庫に残った過去の書類(議会記事録など)の復興を行う。大学に移し、泥を落としデータとして記録する。
・9.11にトリプル選挙(知事選・県議戦・市議選)。1年ぐらい伸びるかと思っていたが、周辺自治体もOKとのことで実施が決まった。
・陸前高田はもともと過疎の町。6つある小学校の統廃合の話しも進んでいた。
・陸前高田市の会計規模は100億円ほど。今回300億円の復興費が付いているがその使い道も定かでない。(300億円は弔慰金?)
・復興に向けての子ども達の思いを聴く機会も設けたい。
・11月に市は復興計画を出す。改選直後に示されても議会として対応が難しいので、選挙前に案を示し、議会は議会報告会(議会基本条例がある!)を開いて市民意見を聴取すべきと思うが、市にはその気がない。

 菅野さんは、これはもう震災前からですが、非常に自由な議会活動をこなしてこられており、大変刺激を受けました。陸前高田に行って、励まされて帰ってきました。



at 01:57, 湯浅美和子, 活動報告

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